「下着女装」はアダルトのジャンル?って思うほどごく自然に下着女装を楽しんでいます。性って何なのか、男性として生きることって何なのかいろいろ考えながらブログを綴っていきたいと思います。
夜ばいの民俗学
性に関する民俗学ってとても面白い。
日本人って結局本音は今で言う”スケベ”、よく言うと性に対してほんとにオープンだったようだ。でもそれは、日本全体っているよりも、そういう風習のあった地域もあったと理解したほうが正解だろうな。

「夜這いの民俗学」って本があるので紹介しておこう。(以下は書評のコピーです)

柿の木問答。

「あんたとこに柿の木あるの」「ハイ、あります」「よう実がなりますか」「ハイ、ようなります」「わたしが上がって、ちぎってもよろしいか」「ハイ、どうぞちぎってください」「そんならちぎらしてもらいます」

これは後家や近所の主婦が、13か15歳くらいの童貞の子供に性の手ほどきをする際の儀式であったらしい。新婚初夜にも使ったそうだ。はじめてする男女が心を通わせるために、こうした儀式的対話を演出道具のひとつとして使っていたという。

夜這いは男が女の家に侵入して交わって帰ること。相手はころころ変わってよい。お前、昨日、うちのかあちゃんと寝ただろう、とか、うちの妹のとこにもきてやってくれよ、と友人や隣人と普通に会話している男たちがいる。女もあっけらかんとしていて、童貞のこどもをみつけては、そろそろ教えてあげようかと企んだりする。村中の男女が近親含めて交わっている。こうした乱交状態が広く日本の農村社会に続いていたと赤松は言う。

「昔の日本の性はもっとおおらかなものだったらしいよ」とよく聞くわけだが、そのおおらかさを具体的に説明できる人はほとんどいない。柳田国男が始祖となった日本の民俗学には妖怪や神々の性の話はあっても、一般民衆の性生活の話はほとんど出てこない。柳田は民俗学を正当な学問とするために、風俗史において大きなウェイトを占めて然るべき性風俗を闇に葬ってきた。赤松啓介は柳田をペテン師と呼んで厳しく批判している。
下着女装民俗学
民俗学っていうと柳田国雄。
今日のFM放送でも取り上げられていた。
民俗学のテーマは、「日本人を理解する」ことだという。ただ日本人と言ってもいろんな日本人がいる訳で、私のような日本人もおそらくそのカテゴリーに入っているだろう。でも「下着女装民俗学」なんておそらく今までにないカテゴリーだろうな。ただ、性風俗を汚らわしいとして排除した柳田君には私はあまり共感はしない。私が興味をもっているのは、南方熊楠。自由奔放な発想で、自身発想の曼荼羅まで描いている。柳田国雄には、「性を語らずして民俗を語るな」ともいっているような書簡を実際に送っている。男根崇拝、女陰崇拝といった性器崇拝が未だに残っている日本の田舎があるように、昔の日本は性の話題に関してとてもオープンで、明るいものだったのかもしれない。

下着女装する民俗ってもしかしたら民俗芸能の世界にあったのかもしれない?たとえば、歌舞伎の女形。昔は着物の下は何もはいていないって聞いたことあるけど、現代はどうなんだろうか。坂東玉三郎はトランクス?ブリーフ?それともパンティ?そんな疑問っておかしいかな?

女性下着の美しさに憧れる男性がいてもおかしくないと思うけど。